ワイキキに「ヘルモア」と云う名の小道があります。
ワイキキ・ビーチ
ビーチは今日も多くの観光客で賑わいを見せています。しかし、十八世紀のワイキキは全く異なる様相をしていました。現在ホテルやコンドミニアムの建ち並ぶあたりは、マノアの谷から流れ出る清らかな水が流れ込む、タロイモ畑に適した湿地帯でした。

湿地帯だった頃のワイキキからマノアの谷を望む
ビショップ博物館所有の想像図画
ピンク色の風格のある建物、ロイヤル ハワイアン ホテルが建つ周辺は、かつて「ヘルモア」と呼ばれ、十六世紀にオアフの王「カ-クヒエヴァ」が最初に植えたと伝えられる椰子の木が一万本も林立する海岸でした。

ロイヤル・ハワイアン・ホテル
ヤシの木の茂るヘルモアの地が描かれている
ビショップ博物館所有の絵画
1795年、そこへハワイ島からカメハメハ大王の大軍が集結したのです。生れ育ったハワイ島を手中に収め、マウイでの激戦を勝ち抜いた大王は、一気にオアフ島南東部めがけ洋上を渡ってきました。大軍はホノルル港からワイキキ、カハラにかけて上陸し、カメハメハはヘルモアに陣を張り、戦いの指揮を執りました。
カメハメハ大王像
カメハメハ大王が島々を統一する時に使用した守り神
「クーカーイリモク」 ビショップ博物館所有
ワイキキで戦略を練った大王の軍は、パンチボールの丘での戦いの後、ヌウアヌパリの頂まで一気に敵を追い上げ、ハワイの統一を果たしました。わずか一週間程で、オアフを占領していたマウイの軍は敗退したと伝えられています。米国ではジョージ ワシントンが初代大統領として活躍している時代の出来事でした。
「ヘル」は「引掻く」、「モア」は「鶏」の事。この地で起こった故事にまつわる言い伝えから、この地名が残されました。ヘルモアの名は、今もルーワース通りに接するワイキキ パーク ホテル前の小道の名として生き続けています。
ヘルモアの街路表示

ワイキキ パーク ホテル
David(ビショップ博物館ドーセント)
http://www.bishopmuseum.jp/


文化の秋。
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